インターセックスとしてウガンダで生きる

young IPPF client from Uganda

「私の名前はKisaakyeです。私は6人の子供がいる家庭で育ち、幼い時に両親を亡くしました。自分が誰かもわかっていませんでした。祖母は、私の継母が私に呪いをかけたに違いないと言いました。

ほかの成長期の子どもたちと同じように、私は胸が大きくなったり、月経が起きたりすることで自分の身体が変わっていくと思っていました。ですが、これらの変化は起こりませんでした。私はまだ自分が幼いだけで、その年齢になっていないのだと自分に言い聞かせました。ずっとずっと待ち続けましたが、それでも変化は起こりませんでした。小学校が終わる頃には、私は自分がほかの少女たちとは違うのだと気づきました。私は自分が男の子なのか、女の子なのか、またはその間なのかについて悩み始めました。

ある日、私は叔母にこのことについて思い切って尋ねました。彼女は、゛私たちもそのことについて心配している。けれど、口外しないことに決めた。何にせよ、あなたはこうなのだから、できるだけほかの普通の子どもたちと同じように振る舞いなさい″。それは私にとっては簡単なことではなく、この返事に私は傷つきました。また、何もしてくれない大人たちに怒りも感じました。

中学校時代は私にとってみじめなものでした。多くの生徒たちは私が男の子なのか女の子なのかについて疑問を抱きました。ある日、学校で妊娠検査が行われました。生徒たちは、胸もないくせいに何を検査するんだと言って私をからかいました。私は泣き出してしまい、〝なんで私が?″と悩みました。看護師に自分の話をしたところ、彼女は医者に行くように言いました。高校二年生のときに参加した寄宿学校は、とてもつらかったです。私は、自分がどうしてもお風呂に入りたくなるまで、ほかの生徒たちが先にお風呂に入るのを待っていました。私は学校をやめ、家で宿題をするようになりました。

私の人生の転機は、テレビである広告を見たときに訪れました。“ジュリエットからジュリアスになった、ガヤザ高校に通うたった一人の男の子の物語を見逃すな!”私はその番組を見て自分が一人ではないことを知りました。また、助けを求める勇気を与えてくれました。結局、私は番組内で紹介された相談用の番号に電話をかけました。彼らは私のカウンセリングをして、病院を紹介してくれました。また、サポート団体であるSIPDも紹介してくれました。私はそこで、自分と同じような立場の人に出会って勇気をもらい、また自分と同じ障がいを持つ人々にも紹介してもらい、IPPFウガンダ(RHU)とも関わりを持ちました。

IPPFウガンダ(RHU)は私の個人的な体験を他の若い人々とシェアする機会をくれました。また、彼らは私が自尊心を持ち、性的な問題を理解する手助けをしてくれました。今、私はエンパワーされたと感じていますし、ユース・アクション・ムーブメント(YAM)を通じてこの問題について自由に話すことができます。私が人生でどうしてもやりたかった、コンピューターについてのコースを勉強をサポートしてくれることに、私は心から感謝しています。

私と同じような状況にある子どもたちについて、私からのアドバイスは、強い心で、希望を持って、自分自身について知ること。信頼できる人と分かち合うことで、自尊心が得られます。子どもたちの両親には、どうか子どもたちがどの性別でいるべきかを決めないでほしいです。彼らが大人になったとき、どうありたいかを自分で選ぶことができます。常にサポートをしてあげてください」


Kisaakyeキサケイはカンパラに住み、インターセックスを取り巻く環境の中で生活しています。ウガンダで生きるLGBTIの人々は、しばしば差別や法的な規制を含む社会的、政治的なプレッシャーにより抑圧されます。IPPFウガンダ(RHU)は大学生を対象に、性とジェンダーの多様性を含む性に関するセッションを開催し、これらに関する思い込みや無知をなくすために活動しています。Kisaakyeキサケイはインターセックスの問題について関心を高めるために、彼女自身の話をこれらのセッションでシェアしています。 

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