カンボジアの首都プノンペンから車で40分ほど南にあるタクマウ。この町にある衣料品工場「プロピシャス」の昼休みです。広々とした食堂にクメールポップが鳴り響き、ネオン系のヘッドスカーフをまとった何千人もの女性たちが集まります。次第に音楽が鳴りやみ、IPPFカンボジア(RHAC)のバナーが並ぶステージにヴェス・スレン医師が上がります。
たくさんの女性の視線を物ともせず、「エイズウイルス(HIV)はどのようにうつるか知っていますか?感染するのはどのような人だと思いますか」と地域保健専門家のスレン医師が呼びかけます。こうして、音楽の合間に保健関連のクイズ(とその解説)が出されます。このコンサート形式のセミナーは、カンボジアでもっとも脆弱な女性グループの一つである工場労働者が、自らのセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスを守り、向上する力をつけるため、RHACが編み出しました。
カンボジアでは、約70万人が衣料品工場に勤めていると言われており、その多くは農村地域から出稼ぎに来た女性です。この女性たちの教育程度は総じて低く、命にかかわる保健知識がないばかりか、医療機関を信頼しておらず、医療ケアをどこで受けてよいかもわからない者が多いとスレン医師は言います。「工場労働者も時々は民間のクリニックや薬局に行きますが、受けられるサービスの質や費用には思いもよらないほどの落差があります」とスレン医師。
RHACが衣料品工場への保健アウトリーチプログラムを始めたのは1998年でした。現在、合計で13万429人の労働者が働く、82カ所の工場でプログラムを実施しています。参加者のうち、2万8,000人はRHACのスタッフがリードするグループディスカッションに参加したことがあります。冒頭の場面にあるようなヘルスデーイベントに参加したことがある労働者は、6万7,000人以上になります。
その影響がクリニックの患者数にも表れています。昨年度に実施した工場労働者向けの調査では、36%の労働者がRHACクリニックを訪れたことがあると回答しました。ヘルスデーのイベントに参加した労働者がその後、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスケアのニーズを RHACに向ける割合は、他のグループの2倍にもなりました。さらに労働者の16%が人工妊娠中絶を求めた経験があり、安全な中絶を受けられる場所を尋ねられ、RHACの名前が回答としてもっとも多く挙がりました。衣料品工場で働く女性たちが、安全でない中絶を受ける可能性が高いという事実があるだけに、RHACの認知度が上がっていることは心強いです。
このような良い変化がある一方、工場側にRHACへの協力を依頼してもなかなか理解されにくい現状があるとスレン医師は話します。工場労働者が無料で保健教育を受けられるというメリットを説明しても、「工場への侵入を許したら、 NGOや組合活動に勧誘したり、労働条件の改善を求めて交渉するよう労働者を唆したりするなど、問題を起こされるのではないかと(工場経営者は)恐れています」とスレン医師。「活動を認めてもらえた場合は、勤務の邪魔にならないように昼休みしか活動しません。工場では保健医療サービスのプライオリティは高くないのです」
しかし、地道な活動の成果が出始めています。プロピシャスなど、RHACがヘルスアウトリーチ活動を実施した工場では、欠勤率が下がりました。その結果、生産ラインの効率が下がらず、生産性が上がりました。「(活動を終了した工場でも)近隣からRHACの活動について聞き、もう一度来るように頼まれることがあります」とスレン医師。
民間の保健医療サービスの高額な費用を払えずに苦しむ衣料品労働者に、命にかかわるケアを届けるため、RHACは様々な手段を検討している、と話すのは事務局長のヴァー・チボーン医師です。RHACの料金設定は、民間のクリニックや病院と比較してほぼ同額か少し安いくらいですが、国立病院の価格はそれよりも大幅に低く設定されています。しかし、受けられるケアの質も低いことが少なくありません。「工場労働者が保健医療サービスを十分に受けられるよう、国家社会保障基金(NSSF)が費用を負担する仕組みを調整しています」とチボーン医師は言います。
この仕組みが成立すれば、基金に加入する労働者たち(衣料品産業では労働者の加入が義務付けられている)は、RHACが運営するクリニックの保健医療サービスを受けられるようになります。
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